2015年9月下旬に、AIDS治療で使われている薬の「Daraprim」(ダラプリム)が突然55倍に値上がりしたというニュースがありました。

日本では、一般に流通している薬がある日突然急激に値上がりすることは、保険制度のおかげで(今のところ)起こりませんので、アメリカならではといったニュースです。

Daraprimの値上がり

急激に値上がりした薬剤Daraprimは、アメリカではAIDS治療に使われている薬剤のようです。日本ではAIDS治療薬としては用いられていません。

2015年9月21日(米国時間)に突如として一錠13.5米ドル(約1620円)から750米ドル(約90000円)に値上げされました。実に55.555倍に値上がりしたことになります。

日本語のニュース記事:米製薬会社の若き経営者、AIDS治療薬をいきなり50倍の値上げ』(businessnewsline)

値上げに対する反応

不可解な急上昇だったのですが、民主党のヒラリー・クリントン氏もこれに苦言を呈していました。

CNNには、バイオテクノロジー株のETF(上場投資信託:決められた株式市場の指標に連動する投資信託、自動車・バイオテクノロジー、など・・・)が下落したという記事が出ていました。

Biotech stocks tumbled on Monday after Clinton fired off a tweet about "price gouging" in biotech drugs.
出典:『Hillary Clinton tweet crushes biotech stocks』(CNN Money)

「この値上げに対して強行に出るようだったら、バイオテクノロジーの成長は鈍る」とウォールストリートが判断したようだ、という論調です。確かに、ETFのチャートを見るとその日に5%程度、その後それ以前よりも10%以上下落しているようには見えますが、通常の動きの範囲内のように見えますし、中の人にはわかるのかもしれませんが真偽の程は謎です。

どちらかというと、日本人としては「これほどまでの値上げをした会社をヒラリー・クリントン氏が叩いたことで業界全体の株価が下がる」(=次期大統領になるかもしれない人が、この値上げを許容しないとなるとバイオテクノロジー株の未来が明るくないとウォールストリートの投資家が判断したかもしれない)と思うのが信じられません。それはつまり、今回のDaraprimの値上げのような事態が製薬業界の通常運転もしくは成長戦略と判断されているということだからです。

値上げの理由

ここまで大幅な値上げをされた理由は、Daraprimの販売権が新しい会社に移行したからです。

2015年8月10日に出ていた買収のニュースでは、

"The acquisition of Daraprim and our toxoplasmosis research program are significant steps along Turing's path of bringing novel medications to patients with serious disorders, some of whom often go undiagnosed and untreated," said Martin Shkreli, Turing's Founder and Chief Executive Officer. He added, "We intend to invest in the development of new drug candidates that we hope will yield an even better clinical profile, and also plan to launch an educational effort to help raise awareness and improve diagnosis for patients with toxoplasmosis."
出典:『Turing Pharmaceuticals AG Acquires U.S. Marketing Rights to DARAPRIM® (pyrimethamine)』(PR Newswire)

ということを言っていました。大きく収益を上げ、もっと高い薬を開発予定だったのかもしれません。

アメリカ国内では、Wikipediaによれば以前は製薬大手のGlaxoSmithKline(グラクソ・スミスクライン)が権利を持っていたのが2010年にCorePharmaという会社に売られたようです。Redditをみると2015年6月にImpaxという別の会社によって供給経路が変わったと書かれていました。Impax Laboratoriesから今回のTuring Pharmaceuticalsが権利を購入したようです。

前出のニューヨークタイムズ記事にも書かれていますが、Daraprimは開発後60年以上経過した薬剤で、特許は既に切れています。それが突然値上げした理由についてRedditでディスカッションしているところがありました。

特許は切れているものの、現状製造してアメリカ国内に提供できるメーカーが他にないために、値段の吊り上げが起こったようです。他にもありそうですし、少し前の『アフリカのヘビ毒抗血清がなくなる?—国境なき医師団』も状況的には似たようなものかもしれません。

Daraprim(pyrimethamine)

アメリカではAIDS治療で使われていますが、WikipediaをみるとHIVに効く訳ではないようです。

Pyrimethamine (trade name Daraprim) is a medication used for protozoal infections. It is commonly used as an antimalarial drug (for both treatment and prevention of malaria), and to treat Toxoplasma gondii infections, particularly when combined with the sulfonamide antibiotic sulfadiazine when treating HIV-positive individuals.
It is on the World Health Organization's List of Essential Medicines, the most important medications needed in a basic health system.
出典:『Pyrimethamine』(Wikipedia last modified on 5 October 2015, at 17:10.)

同じWikipedia内に、

  • Toxoplasma gondii(トキソプラズマ原虫):主にAIDS合併症の治療として
  • Plasmodium falciparum(熱帯熱マラリア原虫)
  • Plasmodium vivax(三日熱マラリア原虫)
  • Pneumocystis jirovecii(カリニ原虫)

に対して他の薬剤と併せて使われると書かれていました。

ニューモスチス肺炎(旧カリニ肺炎)・トキソプラズマ症

カリニ原虫(2009年にニューモシスチス・イロヴェチという名前に変わり、原虫ではなく真菌だそうです)によるカリニ肺炎(同ニューモシスチス肺炎に改名)はAIDSの代表的な日和見感染症(抵抗力が弱ることで発症する、本来は感染力が弱い病原体による感染症)ですし、トキソプラズマ原虫は免疫が働いている人には大抵無症状か、眼か神経系の異常を起こしますが、AIDSでは致命的な脳症を起こします。(参考:『ニューモシスチス肺炎』『トキソプラズマ症』ウィキペディア)

マラリア

マラリアは100カ国余りで流行しており、世界保健機構(WHO)の推計によると、年間2億人以上の罹患者と200万人の死亡者がある
出典:『マラリアとは』(国立感染症研究所)

毎年2億人も罹る病気で、蚊に刺されることで感染する感染症です。「マラリアといえばキニーネ」と覚えたものですが、時代は変わっています。

上記の国立感染症研究所のページにも詳説されていますが、そのまま読んでも意味がさっぱり分かりません。理解するのに必要になる知識の一つが、

  • アーテミシニン(チンハオス)誘導体の一つであるアーテメーターは、難溶性のアーテミシニンの側鎖をメチル基で置換したものである。ルメファントリン(旧名ベンフルメトール)はキニーネ、メフロキン、ハロファントリンなどと同じくアリル・アミノ・アルコール族に分類される遅効性の抗マラリア薬である。英国のガイトラインでは、マラリアにかかったと思われる場 合に旅行者自身が行う「スタンバイ治療」の薬剤に指定されている。(以上、研究班HPより抜粋)
  • アーテミシニン(中国名チンハオス)はArtemisia annuaというヨモギ属の植物から1972年に中国の科学者によって抽出された。でも、むかーしからマラリア治療に民間療法的に使われていた。和名はクソニンジン。本当です。
  • その誘導体がアーテメター、arteether(読めない、、)、アーテスネートである。

出典:ブログ記事『キニーネとアーテミシニン』(楽園はこちら側)を可読性を上げるため一部改変しました

で書かれているように、アーテメーターがアーテミシニンを改良した薬剤だということです。

国立感染症研究所のページに戻ると、

マラリア流行地では、最近、アーテメター/ルメファントリン合剤の使用機会が増えており、欧米でも使われ始めたが、日本ではまだ認可されていない。欧米ではキニーネ経口薬とドキシサイクリン、あるいはクリンダマイシンとの併用も行われる。薬剤耐性熱帯熱マラリアに有効な薬剤としては、最近、国内ではアトバコン/プログアニル塩酸塩が、新たに治療薬として認可された。
重症マラリアでは非経口的な投与が必要であり、キニーネ注射薬が標準的だが、最近ではアーテミシニンおよび誘導体の注射や坐剤が用いられることが多い。
出典:前出の国立感染症研究所ウェブサイト

とアーテメター(=アーテミシニン誘導体)が最近良く使われるそうです。詳細は上記ウェブサイトもしくはブログ記事をどうぞ。

ところで、アーテミシニンとその誘導体は、日本では認可されていませんが、2015年のノーベル賞授賞理由「マラリアに対する新たな治療法に関する発見」はアーテミシニンの発見のことで、『大村智博士、ノーベル生理学医学賞を受賞』でノーベル生理学賞・医学賞を大村智博士と分けた屠呦呦(Tu Youyou)博士の発見です。1972年の発見だそうです。

日本で売られている抗マラリア薬は、

現在、日本国内で販売されている抗マラリア薬は、スルファドキシン/ピリメタシン、メフロキン、塩酸キニーネ、アトバコン/プログラニル塩酸塩の4種類だが、このうち、予防投薬が認められているのは、メフロキンとアトバコン/プログラニル塩酸塩である。市販薬以外の抗マラリア薬については「熱帯病治療薬研究班(略称)」(http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan)が保管している。熱帯熱マラリアを中心に、マラリアの治療や予防投薬については、国内の専門家会議からガイドラインが示されているが、実際の診療にあたっては、詳細は毎年更新される国際保健や旅行医学の文献で、最新の情報を入手して対処するのが望ましい16)17)。
出典:同 国立感染症研究所ウェブサイト(更新日2013年3月7日)

ピリメタシン(Daraprim)は日本国内で合剤(ファンシダール錠)として入手できますが、実際にどの程度使われているのかは分かりません。上記サイトにある「熱帯病治療薬研究班」というのはURLが東京大学内ですが、残念ながらリンク切れしています。必要な場合は、日本医療研究開発機構 熱帯病治療薬研究班に中央薬剤保管機関・データセンター(独立行政法人国立国際医療センター 国際感染症センター 国際感染症対策室)が記載されていました。リンク先に全国各地の病院があります。

今回の値上げは、アメリカ国内で流通させている部分だけに該当すると思われるので、日本のファンシダール錠は関係ない気がします。

騒動が過ぎた後

Daraprimの値上げはニュースで取り上げられ、

"We've agreed to lower the price of Daraprim to a price that is more affordable," Martin Shkreli, CEO of Turing Pharmaceuticals, said on ABC World News Tonight on September 24. He did not specify a price or timeline.
出典:『Drug that skyrocketed 5,000% hasn't come down in price』(CNN Money)October 9, 2015: 5:00 PM ET

値下げを約束したらしいのですが、実際に上記CNN Money記事によるとまだ1錠900米ドル(10万8000円)で売られていたそうです。使わなくてはいけない人は、医療保険が下りるのでしょうか?(参考:『日米の医療制度の違い』)

September 2017
Mo Tu We Th Fr Sa Su
28 29 30 31 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 1

ログイン(DISQUS/Facebook/Twitter/Google)なしでもコメントでき、その場合管理人の承認後表示されます。